あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-44 The historical house tells the beauty of style歴史深き家が物語る様式美

September 24, 2021

施工 佐伯工務店

よみがえる記憶と
改めて知る家の価値

今回紹介するのは、今からおよそ百六十年前の江戸時代末期に建てられたといわれる家屋。以来、幾多の時代を経てきたその佇まいは、凛々しく、どこか慎ましい。玄関前に広がる木々と苔生す庭は侘び寂びを醸し、より一層風情を感じさせる。
 この家は、現在の家主が幼少期を過ごした場所。住まい手がいなくなり空き家になってから十年、刻々と朽ちていく家を見て、「人の気配が消えると、家も見放されたと感じるのかもしれない」と思ったという。暫くの間、兄弟と一緒に家を管理してきたが、県外に住んでいたため頻繁に通うことは難しかった。家族の思い出がつまった家が荒れていく様子をどうしても放っておくことができなかった家主は、還暦を迎えるタイミングで故郷に戻ることを決意した。

奥の間。客間としての役割があるため、他の部屋よりも建具などの設えが立派だ

掃除や物品の整理から始まった住まいづくりは、思いのほか片付けに時間がかかった。今回リノベーションをした部分は、かつて親族の集まりや仏事の際に使われていた座敷。空き家になる以前からあまり使われていなかったその空間は、他の部分よりも老朽化が進んでおり、そのまま住める状態ではなかったという。「これだけのものは二度とつくることができない」と思った家主は、建て直しではなく、リノベーションにすることでもとの形を活かしたいと思った。
 しかし、次にネックとなったのが施工会社探し。年月を経た古民家の改修を引き受けてくれる会社をなかなか見つけることができなかったため、ついにはリノベーションを諦め、解体工事の話が進み始めたころ、古民家改修を多く手がける「佐伯工務店」のことをSNSで知った。家主が連絡を取ると、すぐに建物を見に来てくれ、リノベーションの話が具体的にスタートし始めた。

ソファーやイス、テーブルを置くために和室から洋間に変更したリビングとダイニング。
ダイニングの天井は、梁が“現し”になっている

 取材に訪れたのは、リノベーション工事が完了して間もない八月下旬。蝉の声が響き、まだまだ蒸し暑い外から一変、玄関を上がると簾戸越しに見える庭の緑が清々しく、淡く漏れる光とともにゆるやかに風が通り抜ける。簾戸は夏障子とも呼ばれ、梅雨前から九月までの夏の間に使用される建具だ。家主にとって、建具の入れ替えは幼い頃からの家族行事のうちの一つ。リノベーションを機に、長い間蔵に眠っていた簾戸を入れることで、家主にとって懐かしい夏の光景が戻った。
 讃岐では取れにくい気品のあるツガの木でつくられた鴨居と樹心に平行でまっすぐな木目の「正目」が美しい天井。「天井に使われている正目も奥の間に行くほど真っ直ぐでとても立派です」と佐伯工務店の佐伯さんは、当時の職人技の素晴らしさや建物の貴重さについて語る。

左:墨で真っ直ぐな線が引かれた梁。建てた当時の大工が木の曲がり具合を計算して、地面からの高さを記している
中央:ツガの木でつくられた鴨居。海運の中心として栄えた港が近くにあるため、
車がない時代にも県外の木材を使うことができたと考えられる
右:書院造の奥の間。書院障子を開けると、庭を望むことができる

 床の間には、時節を感じさせる掛け軸が飾られており、家の所々には家主が生けた花や草木が色を添える。これから秋になるにつれて、建具は襖に戻され、庭の木々は色づき、季節を物語る室内の彩りも移り変わっていくのだろう。
 一度は住まい手を失い時が止まった家屋は、家主の強い想いによってこれまでの歴史や家族の思い出とともに再び時を刻み始めた。

ー2021年9月

かつて水回りがあった場所には新しく玄関がつくられた

佐伯工務店HP

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