あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-61 A long-established well-established store with bold ideas and elaborate designs大胆な発想で意匠を凝らした老舗の名店

November 11, 2022

うどん本陣山田家

格式高い屋敷を親しみのあるうどん屋に

澄み渡る秋空に、映える五剣山。初めて見た時は、その壮観さに思わず感嘆の声が漏れたことを思い出す。変わらぬ感動を抱きつつ、四国霊場八十五番札所「八栗寺」へ続く参道を登ると、「うどん本陣山田家」の大きな看板が見えてくる。
 一九七八年創業のうどん本陣山田家は、香川県では指折りのうどんの名店だが、その店構えは国登録有形文化財に名を連ねる風情ある建築物としても知られている。
「これは私の伯父の『和田邦坊』が考えた創作文字です」。
 五剣山の様な形をした「山」の文字を指し、人懐っこい笑顔で誇らしげに話してくれたのは、うどん本陣山田家の創業者の山田潔さん。現在は代表取締役会長に就いている。

左:四国霊場八十五番札所「八栗寺」参道沿いの駐車場入口にある、江戸時代に建てられた高さ3mの灯篭。
山田家先祖「山田徳右衛門」の名が刻まれている
右:店舗入口には江戸時代後期に建造された長大な長屋門。うどんの看板が目立つ

「最初は誰も山田家とは読んでくれんかった。それでも邦坊は『人間、不思議な形のもん見たら、アレ、なんやろう?って印象に残る。普通やったら見逃すやろ』と言って、頑として直してくれんかった。今ではウチの大事なトレードマークになっています」。
 和田邦坊はデザイン知事として知られる金子正則知事の片腕として、栗林公園内にある讃岐民芸館の初代館長を務めた。主に商業デザインで活躍したが、その才能は多岐にわたり「香川をデザインした男」との異名を持ち、彼が手掛けた商業施設の数々は香川の老舗名店として今なお一目を置かれる。そしてこの、うどん本陣山田家もその一つ。
 店舗にしている大きな屋敷は、江戸時代から代々大庄屋として引き継がれてきた潔さんの生家だ。戦後の混乱の中、修繕も手つかずのまま放置されていたのを、周囲の反対を押し切り、うどん屋にしろと言ったのは邦坊だったそう。

左:すっかり馴染みとなった「山田家」の文字。邦坊が考案したロゴだ
右:長屋門の敷居部分を切り取った名残が見れる

左:長屋門入口から進んだ先には、大正10年に改築された黒漆喰が美しい厨子二階建主屋。式台付き表玄関に掛けられた暖簾は「ハレの日」と呼ばれる御祝いのある日に使われる、山田家の所縁の品なのだとか
右:邦坊の絵を真似て潔さんが描いたそう。タッチがそっくりすぎて見分けがつかないほどだ 

 改装するにあたり、邦坊がこだわったのは「うどん屋は威張ったらいかん」という事。
 客が気軽に入れるようにと、主屋の格式高い式台付きの表玄関は使わないように締め切り、右端にある現在の店舗入口に変更した。この場所も、もとは四枚引戸だったものを、”気取っているから”と二枚引戸に変えた。
 他にも屋敷の素材を活かしつつ、庶民的な雰囲気作りに民芸を積極的に取り入れた。
 堂々とした存在感のある長屋門には、「手打うどん」と大きな文字の看板。暖簾の下に見え隠れする大提灯には、表に「山田家」、裏には「うどん」とある。どれも邦坊の作。
 それでも醸し出る格調の高さに「敷居が高い」と言われると、邦坊は「敷居を切ったらいい」と一蹴したという。普通なら、さすがにそれはと躊躇しそうな話も、潔さんは素直に従った。常識にとらわれない自由な発想力も、それを実行できる度胸がなければ成功には繋がらなかっただろう。

左:主屋の店内、西側奥座敷。奥のガラス戸の向こうには、美しい日本庭園が広がっている
右:主屋の東側店内の様子。電灯の傘や壁の照明は、シティング代表 小西洋一さん作

左:主屋西側にある庭門。一見簡素な腕木門だが、屋根には弓型の大型瓦が葺かれている
右:滑車の部分が陶器で作られている古井戸

 設計図面の引けない邦坊が、説明しながら描いた絵を見て施工をしたのは「有限会社シティング」の前身である「小西木工」の小西清さん。シティングの代表で息子の小西洋一さんは、邦坊から絵の複製を頼まれ、店内に飾る照明の傘や行灯を担当したそうだ。
 邦坊の絵を何枚も模写したので、すっかり邦坊の色使いやテイストなどが身についている。今では山田家の改修にはなくてはならない人物なのだとか。
 店が繁盛するに伴い、客席を増やすなど、その後も何度か店舗の改装を繰り返した。
「それでもいつも頭ん中にあるのは、邦坊ならどうするかということ。すると伯父の声が聞こえてくるんです」
 そう言って店内を見渡す潔さんの目には、次の店舗構想が見えているようだった。邦坊さながらの客を楽しませようとする手腕に、今後の仕掛けが楽しみだ。

ー2022年11月

主屋の東側に建つ酒蔵を店舗に改装。改修を重ね、今では邦坊ギャラリーとして多くの作品を展示している。
木の根部分をうまく貼り合わせて作られた、大きなテーブルは小西さんの作品。潔さんのお気に入りの場所だ

山田家は明治時代以降、銘酒「源氏政宗」の蔵元として栄えた。当時の煙突が今に残る。
2009年に耐震性を見直すためレンガを積み直して修復した

うどん本陣山田家  HP

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