あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-26 Inspired by the details of surrounding natureとりまく自然の機微が感性を刺激する

November 27, 2020

ヤエ食堂

暗がりと自然の美

柔らかい日差しが車内に差し込む秋晴れの日の昼下がり。窓を少し開けると、頬を撫でる風が冷たく心地よい。綾川町の起伏がつづく県道からさらに小径へと入った。どんどん細くなる道に不安になり、踏切を渡るのに少し躊躇した。のろのろ運転でゆっくり道案内を辿ると、「『ヤエ食堂』駐車場はあちらです」という看板。一気に肩の力が抜けた。
 道を抜けると、そこに広がっていたのは、遮るものなく見渡せる田園風景。スコーンと抜けた青空の下、風にざわめく草木や庭に遊びに来た鳥たちのさえずりが、辺りに響いている。その情景に溶け込むようにひっそりと佇むのが「カレーとチャイとプリン」のお店「ヤエ食堂」だ。
 入口の扉を開けた瞬間、たちまちスパイスの香りに包まれた。

移築がさかんに行われていた時代に、今の基礎へと移築されたこの建物は、すでに80年の歴史を持つ。
この家が持つ数々の背景はすべて、この家で育った現在70代の4姉妹が教えてくれたのだとか。
県外に住む4姉妹は、年に1度お盆の時期に「ヤエ食堂」で食事をとるのだそう

今やエスニックなスパイスの香りを纏った山あいの古民家。オーナーの山上武徳さんに、この家との出会いを尋ねてみた。
「一目惚れです。この家を初めて見たとき、雨漏りで老朽化が進み、廃墟のようになっていました。でも、その存在感にインスピレーションがかき立てられて、どんどんイメージが湧いたんです」と山上さん。
 中でも、たまらなく好きだというのが、入口付近の趣き。ガラス戸から抜けた長閑な景色を眺めながら、そう話してくれた。
 室内の灯りは最小限で、陰りの多い場所には、飴色の梁の奥の天窓からやんわりと光が落ちる。それもすべて山上さんのこだわり。
「日本特有の黒や陰影に対する美の捉え方が好きです。『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』という言葉通り、暗がりにこそ美がある。陰があるから光の美しさを感じることができるんです」

自然の素材をふんだんに使った落ち着いた雰囲気のインテリア。
つくり直したという建具には、鉄も取り入れ、新しい組み合わせが斬新な印象

 二年の年月をかけて、山上さん自身がつくりあげた、居心地の良い非日常空間。のんびりとした幸せな時間がゆったりながれる。
 窓際で風に揺らぐ愛らしい野
花が添えられた席で、注文したカレーを待つ。コトンコトン…と走る電車の音。体感することすべてが、「ヤエ食堂」での時間を心に色濃く残す。  写真/山上武徳

ー2020年11月

現在改装中のため、臨時休業しているヤエ食堂。2021年3月にリニューアルオープン予定。
春のさわやかな陽気の中で味わうスパイスの効いたカレーが楽しみだ

ヤエ食堂HP

他の記事を読む

Copyright (C) IKUNAS. All Rights Reserved.