あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-47 Invited by the scenery of the Seto Inland Sea瀬戸内海の風景に誘われて

October 29, 2021

咄々々

小さな感動の積み重ねを楽しむ暮らし

「咄々々」と書いて「とつとつとつ」と読む。これは禅宗の言葉で、「あらまあ」という驚きや感嘆する時などに使うらしい。
 香川県三豊市豊中町、鳩八幡神社の鳥居のすぐそばにある、一日一組限定のゲストハウス『咄々々』。
 オーナーの深井夏子さんと、夫の志郎さんは、岐阜県からの移住者だ。
 以前から瀬戸内海の近くで住みたいと思っていた二人は、愛知で開催された香川県の移住者セミナーに参加。そこで三豊市の方と懇意になり、香川県に招待されたことがきっかけで、移住を決意したという。
 最初の一年半ほどは荘内半島で借家暮らしをした後、三豊市の空き家バンクを活用してこの家を手に入れた。

左:形にこだわった看板の字は、書家の友人にお願いしたそう
右上:玄関では夏子さんが焙煎したコーヒー豆が、グラム売りされている
右下:飴色の照明が、立派な格天井の美しい木目を引き立てている

珍しい響きの店名は、散々迷った末につけたのだという。
「あまり立派なものをつけても名前負けするかと思って。パッと見ても忘れられにくいものにしたかったんです」。
 千利休が、茶会の度に趣向を凝らし客を驚かせたという逸話になぞらえ、「少しの驚きと感動を提供できるようなおもてなしを心がけています。お客様の心がほぐせたらいいなと思って」と話す夏子さん。
 本当は海の見える場所で家を探そうと思っていたそうだが、岐阜では見たことのない香川県西讃地区特有の「やつおの家(下部に説明あり)」と、玄関を開けた時の広い廊下や回廊がとても気に入った。その上、部屋数が多く、納屋や畑もある土地のサイズ感が、二人の目指す暮らしにピッタリだった。
 築三十年余りの築浅の家だったが、自分たちの理想の形になるように、仕事の合間を縫って、セルフリノベ。一年かかってやっとのことで完成した。

応接間だった部屋は寝室に。瀬戸内海をイメージしたという神秘的なブルーが、落ち着いた雰囲気を漂わせている

 一番大変だったのは、玄関入ってすぐ右手にある応接間。
 壁の継ぎ目が分からないようにペイントするため、下地の凹凸を全てヤスリで削り整えたというのだから、とても根気のいる作業だったに違いない。
 色は瀬戸内海をイメージしたブルー。静かで深い色合いに、それに合わせた照明が、落ち着きのある洗練された空間となっている。
 志郎さんは結婚前は家具職人だったというだけあって、仕事がとても丁寧。フローリングの張り替えもセルフリノベとは思えない仕上がりだ。
 屋根やお風呂、トイレの改装などは業者に頼んだが、三豊市特定創業支援事業「みとよ創業塾」を受講することで、開業するための補助金がもらえ、費用が少しまかなえたそうだ。
 もともと岐阜県で喫茶店を営んでいた夏子さんは使っていた焙煎小屋を、移住の際に持ってきて荘内半島に設置し、コーヒーの販売していた。

リビングの様子。週末のゲストハウスや、日曜・月曜・火曜のみのカフェ『Hako珈琲』だけでなく、予約があれば一組限定のディナーもできるという

現在、その焙煎したコーヒーを日曜、月曜、火曜のみ、『咄々々』のカフェ『Hako珈琲』で出している。
「まだまだやりたいことがたくさん。これから裏の納屋も改装する予定なんです」
 いずれ移住してきた子達の住む家のリノベの手伝いもできたらと、岐阜の志郎さんの実家から、木工用の機材一式もこちらに持ってきたのだという。
 この場所からすぐに海は見えないが、裏山の七宝山を登ると「天空の神社」として知られる『高谷神社』からは燧灘(ひうちなだ)と有明浜も望める。
 今後の展望を語る姿は、新たな移住の地である香川県で、二人の理想の生活にどんどん近づいていることが伝わってきた。

ー2021年10月

書家の友人と一緒に描いたという襖絵には、一枚一枚季節ごとのモチーフが

咄々々  HP

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