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文学不動産

File-24 The historical residence that people have cherished for 260 years 二百六十年 人々に親しまれる屋敷

November 06, 2020

郷屋敷

時代に合わせて変遷してきた歴史

牟礼の丘陵に二百六十年の時を刻む屋敷がある。江戸時代中期、牟礼の里に移り住んだ井上家。その後、四代目当主の半三郎義勝は「与力」の職を任ぜられ、上官の補佐として高松藩に仕えた。文化人でもあった半三郎義勝は、屋敷を文化交流の場として、人々をもてなしていたという。
 雨上がりの夕時、曇天の空が白壁を眩しく照らしている。「郷屋敷」と書かれた門札の下から垂れた葡萄色の門幕。その厳かな空気に圧倒されながら長屋門を潜ったところで、ちょうど一羽の鳥が高らかに鳴いた。雨に濡れ、色濃くなった苔が風情を漂わせる。
「郷屋敷」は昭和五十八年に開業された讃岐料理店。多くの人に、四季の移り変わりを感じながら食事を楽しんでもらいたいと屋敷を開放したことで、新たな歴史が刻まれ始めた。

案内された座敷に入ると、目の前に広がるのは枯山水の庭。庭の竹薮の間からは、鬼門方位に配慮して湾曲に建てられた土塀を越えて、八栗山まで望むことができる。その情景はまるで、山から流れる水が牟礼の田畑を潤す風景のよう。
 かつて玄関だったところには、一室では収まりきらないほどの大きな梁。当時の職人の手で樹皮が剥かれ、形づくられたその梁は現在も変わることなく屋敷を支えている。梁から垣間見える煤色になった茅葺の天井を見上げ、当時の生活に思いを馳せる。
「時代の流れに添って、この趣きを守っていきたい」と話す二代目の三野克也さん。中庭を囲むようにつくられた回廊の先からは、先ほどまでの荘厳な空間と相反する軽やかなジャズの音色が聴こえてきた。フローリングとモダンなインテリアの内装は、驚くほど自然に庭の緑と調和している。ジャズの空気の中で楽しむ日本庭園もまた良いと気づく。

左:代々この屋敷にあるカリンの枝でつくられたテーブルは、美しく凛としている。    
婚礼行事に合わせて、柱を2本移動するという大がかりな改修を行い、4室を一室として使用できるようになった
右:森田恭通さんが設計した空間。緑とジャズの空間でワインを飲みたい

 かつて「与力屋敷」として親しまれてきた屋敷は二百六十年の時を経た今も尚、人が行き交い賑わう場となっている。
 屋敷からの帰り、白壁から大きく抜きん出たもみの木はまるで屋敷を見護っているかのように見えた。

ー2020年11月

石笑の間。木製の雨戸からガラス戸に改装されたことで、四季の移り変わりを楽しむことができる。
旬の食材をふんだんに使った料理に舌鼓を打ちながら、心休まる時間を味わえる

郷屋敷 HP

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