あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-18 With the craftsmanship that has been passed on受け継がれていく職人技とともに

September 18, 2020

Shop 87.5/川口屋漆器店

記憶を辿って

香川県東部に讃岐平野をゆったりと流れる鴨部川がある。風に揺れる土手の草と頭が垂れ始めた稲穂に、季節の移り変わりを感じながらその川沿いを歩く。四国霊場八十七番目の長尾寺から八十八番目の大窪寺に行く遍路道でもある。この道中に、香川漆器の工房「川口屋漆器店」がある。
 昭和二十一年から続く川口屋漆器店は、現在二代目の佐々木敏晴さんと三代目の佐々木康之さん、妹の歩さんが跡を継いでいる。敷地に入っていくと、母屋と離れの奥にどっしりと佇む二階建ての工房が現れた。
 職人さんたちが神経を研ぎ澄ませる空気に緊張しつつも中に入ると、目の前には水色や白で円模様を散りばめたポップな塗り壁。そこには、「Shop 87.5」とある。

左上:塗りの作業をする職人さんたち
左下:壁は植木鉢で象り模様付けされた
右:四国霊場87番目と88番目の間に位置することから「Shop87.5」と名づけた

斬新な装飾に惹かれ階段を上ると、木枠越しに見えたのは、彩り豊かな漆器。この香川漆器の伝統技法と独自に配合した色漆の組み合わせこそ、川口屋漆器店のオリジナルブランド「87.5」の特徴。三代目の康之さんが「香川漆器の良さを多くの人に知ってもらいたい」という思いで始めたという。
 店舗がある工房の二階は、かつて二十人ほどいた職人さんたちの休憩所だった。床一面にタイルが敷かれ、ロッカーが並び、奥の間の畳スペースは、お昼ご飯を囲んで談笑する憩いの場となっていたそう。その後、時代の流れとともに職人さんの数も減り、暫くの間物置として使われていた。
 その場所をブランドの立ちあげを機に、店舗として生まれ変わらせた。黒と木材を基調とした展示棚はすべて康之さんのDIY。床材の凹凸を上手く利用し、パイプを組み合わせた机は、ちょうど畳の部屋に相応する高さ。新しく塗られた白壁は、障子から淡く透ける光と調和し、室内をやわらかい明かりで包み込む。

左:床材とパイプを組み合わせてつくったテーブルには後藤塗や象谷塗のお盆やお椀     
右:職人さんたちが使っていた畳の椅子。畳を張替えた椅子には、独楽塗の重箱と丸盆

 かつて職人さんたちが、張り詰めた緊張感から解けた後、ふっと気を休めた場所。そこが今では、県内外から多くの人が訪れるショップとなった。漆器が月日を経るたびに、味わい深くなるように、この場所もまた記憶を残し、新しい歴史を重ねていく。そしてまた、川口屋漆器店の作品が人々の日常にぬくもりと色を足していくのだろう。
 満たされた気持ちで階下に降りると、心地良い風がそっと工房の中に吹き込んでいた。

ー2020年9月

左:階段を上がって左のスペースは、康之さんがこだわり選びぬいた陶器や和作家さんの作品

Shop 87.5/川口屋漆器店 HP

他の記事を読む

Copyright (C) IKUNAS. All Rights Reserved.