あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-09 Tranquility red House静謐を刻む、紅い屋敷

June 19, 2020

家中舎

襟を正すための場所

江戸時代、四国随一の繁栄を見せた多度津(たどつ)。最大にして最重要の交易路、瀬戸内海に面した港を持ち、「一生に一度は」と言われた金毘羅詣での玄関口として、この港町は大いに賑わった。陣屋が置かれ北前船が次々と行き来し、名実ともに繁栄を極めた多度津には、讃岐でも指折りの七家の豪商が名を馳せていた。彼らを羨み人々の付けた二つ名は「多度津七福神」。本通りには、今なお往時を偲ばせる豪奢な家々が繁栄の名残を見せている。「家中舎(かちゅうしゃ)」があるのは、本通りから離れた閑静な住宅街。付近には瓦葺の屋敷が点在している。家中という変わった地名は、この地を治めた京極藩主の家臣団(家中)の屋敷が連なる城下町だったことに由来する。

本瓦葺の起り(むくり)屋根と漆喰壁の屋敷が点在する町のなかで、提灯の意匠と紅い暖簾が目を引く

白壁に囲まれた「家中舎」にひとたび足を踏み入れると、時間の流れが止まったような静けさに包まれる。築一九〇余年の武家屋敷は、荘厳な空気を湛えている。内部は壁や天井が取り払われて大きな一間になっており、堂々たる躯体は弁柄調の真っ赤な壁と相まって、舞台のようにも思える空間だ。縁側の向こうには青々とした芝生が広がっている。

「家中舎」は多彩な場だ。地産の食材を絵画のように彩った食事をいただいたり、着付けやお茶を愉しんだり、文豪さながらに離れで数日滞在したりすることもできる。中でも〝舞台〟が最も輝くのは、結婚式の場として使われるときかもしれない。紅は日本家屋にとてもよく合う色なのだと気づく。濃藍の生み出す深みもまた、ドラマチックだ。ハレの衣装を凛と着付けてこの空間に佇めば、この町の歴史、紡がれてきた文化に思いを馳せずにはいられない。

ハレの日の設えはひときわ華やかだ。和・フレンチ・イタリアン…それぞれのもてなしで、両家親族を温かく出迎える

この屋敷を一目見て、「日本の文化をそのまま体感できて、次なる時代に伝えていく場にしたい」と感じたという三木オーナー。内装の傷みが激しかったものの、梁と柱は文政の時代同様に、まだまだ堅牢に屋敷を支えていた。だから、「手を入れる部分は最低限にしたんです」。宿泊するなら、照明はあえて落として、障子越しの月明かりを楽しみたい。日中は琴を奏でたり、書をしたためたり…。どこか高尚に感じる伝統文化も、この屋敷では不思議と素直に受け入れられる。それ以上に、時を経た日本家屋だけが持つ独特の静けさと重みこそが、日本らしさそのものなのだ、と気づかされる。
訪ねた日は暑かったはずだが、身体の中にすっと爽風が吹き抜けたような、静謐なひと時だった。

ー2020年6月

離れは宿泊専用棟で、なまこ壁の蔵の中はBAR利用も可能だ。屋敷全体に、息が吹き込まれた
家中舎 HP

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