あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

File-54 Heritage which should be passed down to the future generations未来に繋げたい遺産

April 29, 2022

寶月堂

二度と手に入らないものを壊さず活かす

日本一の高さと、形状の美しさから「石垣の名城」と呼ばれ、町のシンボルとなっている『丸亀城』。
 その天守閣は、全国で十二カ所しか残っていないものの一つだ。廃城令により城が各地で取り壊されるなか、旧藩士の嘆願により守られたおかげで、今日もその景観美を楽しむことができる。
 城の大手門から丸亀市役所の前を通り丸亀港へと続く、かつては丸亀市のメイン通りだったという道の途中に、創業から百五年続く老舗の和菓子店『寶月堂』がある。
 真っ白な蔵を思わせる外観の売場店舗の南隣には、レトロな洋風建築。その隣は黒漆喰に二段のウダツが特徴の和風建築が並ぶ。一見、個々の建物のようだが、中は行き来ができ迷路のように入り組んだ面白いつくりになっている。

右から「寶月堂」の看板がかかる売場店舗、洋風建築、黒漆喰の和風建築が並ぶ

左:売場店舗2階。菓子教室やレンタルスペースとしても活用されている
右:中央洋風建築2階。右の引戸から売場店舗2階と行き来できる。
写真印刷で復元されたという壁紙は、全く違和感を感じない

二〇一七年の創業百年を迎えた記念にと、これからも長く皆に親しんでもらえるよう、店舗の大改装に踏み切った。
「母から、家を壊して新しくするって言われた時、『私が絶対なんとかする。お願いだから置いといて欲しい』と、残してもらったのが、ようやく改修することができました」。
 そう話してくれたのは、四代目店主である現在代表取締役の高畑響子さん。「古いものにとても心が惹かれるんです」と顔を輝かせる。
 三棟の中では売場店舗が最も古く、一八九八年に建てられた。厨子二階建という、江戸から明治後期頃の建築様式で、二階の天井が低く虫籠窓という塗壁の窓が特徴。その二階の天井の高さを上げて、和菓子教室を開いたり、会議室として使えるようにした。
 一九一八年に建てられた中央の木造三階建ての洋風建築は、二〇一八年に国の登録有形文化財に登録された。

左:大きな窓枠は外壁から漆喰で埋め込んだもの。磨りガラスは改修の際全て入れ替えたそう
右上:洋間の引き戸のレトロガラス。もう生産されていない非常に貴重なもの 
右下:かつては子ども部屋だった洋室。現在はレンタルスペースにもなっている。(提供:寶月堂)

 通りからはうかがい知れないが、奥に部屋が続く「ウナギの寝床」と称される町屋風建築になっており、表の洋風と打って変わって和の様式が施され、茶室まである。外壁には釉薬タイルが貼られ、緑色のスパニッシュ瓦が建物全体を引き締めるアクセントになっている。
 この二階の洋室は、かつて子ども部屋として高畑さん自身が使っていたそう。
「修学旅行でグラバー邸を見学した時、私の部屋に似てるって思いました。何気なく使っていたものが、実は歴史的価値のあるものだと気づいてから、だんだん古いものに興味を持つようになったんです」
 登録有形文化財の登録に際し、できるだけ当時の姿に近づけるように復元を目指したという。
 壁紙は、まだ日本に壁紙が普及していない時代の貴重なもの。綺麗に残っている部分を写真で撮り、ボロボロだった箇所を写真印刷で貼り替えた。

左:洋風建築の奥に続く廊下。高畑さんのお気に入りの当時のままの板ガラス。歪みがあるのが特徴
右上:座敷を板の間の部屋に改装。店舗にあった建具を、サイズを合わせてはめ込んだそう
右下:元々あった茶室は畳と壁を直し、そのまま残した(提供:寶月堂)

 軒下の装飾は石細工でできていて、同様に作り直したら莫大な金額になるという。それを、型を取って硬化プラスチックで作ったものに石粉を吹き付けそっくりに作り直したのだとか。
 工務店や大工とともに話し合って知恵を出し合い、一つひとつ解決しながら形になっていく様は、とても楽しかったと高畑さんは笑う。
 二〇一八年の西日本豪雨では、屋上の壁が崩れた。雨漏りが酷く、一階でも傘をささなければいけないほど、悲惨な状態だったそうだ。それでも壊すという選択肢はなかった。
「古い家の改修は、費用の見当もつかないし、手間もかかります。でも壊したら終わり。新しいものはこれからいくらでもつくれるけれど、昔のものはそうじゃない。私の役目は、代々受け継いできた歴史ある店を、次代を引き継いでくれる娘に、安心して任せられるようにすることでした」と、改装して良かったと胸をなで下ろす。

左:黒漆喰の和風建築の入り口は、洋風建築の三階に続く階段になっている
右:階段の途中にお茶室の壁が見える。ここは元は廊下になっていたのを剥がして階段の一部につくり変えたのだとか

左:大きな梁があらわになっている洋風建築の三階
右:屋上。硬化プラスティックで直したという軒下の石細工

 丸亀には、幸いにもお城がある。城下町だからこそなおさら古い建物を残していきたいと、話す高畑さん。
 手作業だからこそ、柱一つ壁一枚を見ても、職人の長年培われた経験による技や創意工夫が光る。
 藩士の嘆願により守られた丸亀城のように、歴史ある古い建築物を守っていくことは、未来の子ども達に残してあげられる、貴重な文化的財産となっていくだろう。

ー2022年4月

左:寶月堂の在りし日の売り場の様子(提供:寶月堂)
右:昔のメニュー表

寶月堂  HP

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