あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

file-36 Choosing a structure relocation with my mother's feelings母の気持ちを汲んだ、曳家という選択

May 07, 2021

遠藤呉服店

残したかった母の追懐

「曳家(ひきや)」または「家曳き」とも呼ばれる、建築物をそのままの状態で移動する建築工法がある。
 歴史的な建築物や貴重な文化財などではまれに聞くこともあるが、需要が少ないため、業者の数も年々減っているという。
 高松市木太町、市街地から牟礼町へと続く県道一五五号線沿いに、昭和四年創業、地元では馴染みの深い『遠藤呉服店』がある。
 築八〇年近いこの店は、黒塗りの壁に格子窓、道路に向かって堂々と間口を広く取った平入りの玄関が特徴だ。その風格のある佇まいに、思わず目を止めた方も多いだろう。そしてこの遠藤呉服店も、曳家を行った数少ない建物の一つだ。
 曳家をする数が少ない理由に、費用の問題がある。曳家の費用だけでなく、古い家ほど建物の修繕費も必要となる。結果、新築で建てるよりも高くなることも。

  • 曳家後の現在の遠藤呉服店

    遠藤呉服店も同様に、過去に床下浸水の被害にあっており、他にも消防法にかかるなどの理由で、修繕だけではなく防火用の壁など、手を入れないといけない箇所が多数あったそうだ。
     それでも曳家をお願いしたと、店主の遠藤宏記さんは、一切迷いのなかった様子で話す。
    「私の祖父が建てたこの店は、母にとっては思い出の詰まった大切なものなんです」
     宏記さんの母ハル子さんは、少し前に脳梗塞を患い、後遺症から歩行がままならなくなったという。そんなハル子さんを気遣い、バリアフリー対応住宅への建て替えも兼ねての大工事となった。
     曳家の業者は岡山から来てもらい、昔からほとんど変わらないという伝統的で緻密な作業が始まった。
     糸を張って水平を取り、独立した柱を一本一本固定した後、家を持ち上げ板を挟む。そして敷き詰めた「コロ」と呼ばれる丸太棒の上を転がせて移動させるのだ。

    左:糸を張って水平を取り、全ての柱を井形に固定して持ち上げる。 
    右:敷かれたコロの上を移動させる。(写真:遠藤宏記)

  •  曳家技術の原点は古代エジプト時代のピラミッド建設の際、巨石を移動させた「テコ」と「コロ」の原理を応用した原始的な技だ。
     しかし急に動かせば、家はバランスを崩して倒れてしまう。変速装置で減速させ、カタツムリくらいの移動速度でゆっくりゆっくりと運ぶ。一日がかりで数メートル動かしては、後ろのレールを前に移動させ、また一から基盤を作る作業を繰り返す。少し風が吹くだけで、ギーギーと家の軋む音が鳴り響いていたとか。そうして一カ月半ほどかけて、現在の位置まで移動させた。今はまだ仮店舗での営業だが、中の引っ越しができ次第、実店舗での営業が始まる。
     宏記さんにはもう一つ残したかったものがある。それは庭だ。
    「以前の庭の材料を使いました。そっくりとはいかなかったけれど、近いものにはなったかな」 
     まだ完成ではないそうだが、店舗の裏に美しい庭園が見えた。広縁で微笑むハル子さんが眼に浮かぶようだった。
    ー2021年5月

    左:曳家前の店舗。以前は道路際に建っていた
    右:少しずつ道路から離れて移動していく様子(写真:遠藤宏記)

    以前の建具もそのままに

  • 店舗裏からの様子

    遠藤呉服店HP

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