File-58 A comfortable life built one by one一つひとつ築きあげた心地よい暮らし
August 26, 2022
りすのくつ
震災で学んだ自然と共存する大切さ
山際を流れる小川のそばに、草葺きに金属をかぶせた大きな屋根が見える。江戸時代末期に建てられた木造平屋建ての農家を思わせる古民家だ。
敷地には二棟の納屋があり、それぞれを店舗と飲食スペースに改装している「りすのくつ」は、三豊市財田町に二〇二二年六月にオープンしたばかりのパンとチーズケーキの店。
店主の吉川雄介さんと郁子さん夫婦は、二〇一四年に兵庫県神戸市から移住してきた。以前から田舎暮らしがしたいと思っていた二人は、瀬戸内国際芸術祭を機に香川県に興味を持ったのだとか。まずは試しにと、雄介さんだけが単身で香川の農業法人に就職し、会社の寮で半年ほど生活しながら、空き家バンクなどを使って住む家を探したそう。
左:寄棟造の草葺き屋根に金属をかぶせている。瀬戸内海や近畿地方によく見られる建築様式
右:母屋と店舗の隙間に、可愛らしいブランコが。サンタさんがプレゼントしてくれたもの
左:母屋のリビング
右:収納式の勉強机。収納時には猫のいたずら予防にもなるようにつくっている
しかし最初からパン屋をする気はなかったと言う二人。リフォーム補助金がもらえたので、工務店に頼んで、母家のトイレとお風呂だけはやってもらい、住みながら、気になったところを少しずつセルフリノベーションすることにした。築150年になる母屋は、思っていたより傷みが少なかった。むしろ、以前の住人が新しく増築した部分の方が、雨漏りがひどくボロボロだったというから驚きだ。
壁に漆喰を塗り、天井裏には断熱材を入れた。古民家らしくないサッシには譲ってもらった建具を入れて、障子や襖は取り払い、猫がいても大丈夫なようアクリル板に変えた。
雄介さんのお気に入りは、自作の温水床暖房。冬には雪が積もることもある財田町では、薪ストーブだけではとにかく冬の底冷えが辛い。
「薪ストーブから温水を通しています。冬はここで岩盤浴みたいに寝っ転がると気持ちいいんです」
左:食卓下の温水床暖房。温水を暖炉から通したパイプを、モルタルで固めたもの
右:土間のキッチンスペース。リビングへの上り口には床下収納。土間のおかげで夏でもひんやり
温水床暖房の上にカラフルな手編みのラグを敷いている。薪ストーブの側で家族がゆったり過ごす空間
と雄介さんが言うと、郁子さんも
「夫の努力の甲斐もあって、子供がハイハイする頃には暖かい家になりました。冬はここに座って編み物をしたり、本を読んだりしています」と話す。すでにこの場所が家族にとって、冬の穏やかな時間を過ごすとっておきの空間になっているのがわかる。
他にも、畑と台所の中継点となる郁子さんのお気に入りの土間には、リビングに上がる段差を利用した床下収納がある。風通しも良く、夏でもひんやりしているので、野菜や乾物などの収納に重宝しているのだとか。
現在店舗にしている納屋は、ほぼ崩れていたので柱だけ残して全てやり直した。納屋の解体の際に出た瓦や土壁、木はすべてリサイクル。瓦は粉砕して砂利に。土塀は練り直して石窯の保温や、パン生地の発酵部屋をつくるのに使った。
石窯をつくったことで、郁子さんが以前パン屋で働いていた経験を活かし、パンとチーズケーキの店をすることになったそうだ。
左:飲食スペースの外観
右:商品を購入した後、こちらの飲食スペースが自由に利用できる
左:扉の入り口の案内の文字は、子どもの字の練習帖からステンシルシートを作り塗ったもの。
様々な工夫やアイデアがあちらこちらで活きている
右:コンポストトイレ。見た目もスッキリしていて、ウッディなテイスト。においもまったく感じない
その味はSNSや口コミで大好評。オープンしたばかりとは思えない人気ぶりだ。飲食スペースになっているもう一棟の納屋の方は、外観をそれほどいじらず、内装にはロフトやキッズスペースを設けて自由に使えるスタイルにしてある。
興味深かったのはトイレだった。コンポストトイレという大変エコなもので、こちらのタイプは勝手に大と小に分かれてくれる。デザインもシンプルでにおいもなくメンテナンスが楽なのだとか。
「私たちは神戸で震災に遭っています。だからなのか物をできるだけ増やさないことや、高いところに置く物には気をつけることなどの価値観が似ていたので、自然と今の生活に落ちつきました」
豊かな生活とはどういうことなのか。自然と向き合う生活の中には、見落としがちな大事なことがたくさん隠れているのだと気付かされた。
ー2022年8月
左:店舗外観。パンやチーズケーキはこちらで購入。取材時は夏季休業中だった(7月4日~9月1日まで)。
営業再開は9月2日から
右:店舗内装。ショーケースの下はパン生地の発酵部屋になっているそう
左:手作りの石窯。窯が冷めにくいよう土壁を再利用したもので覆っている
右:天井に飾られていたのは「ヒンメリ」。
フィンランドにある風習で、藁で様々な形の多面体に編んだものを冬至祭に吊るし、次年の豊穣を願う
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