パートナーインタビュー
現代的な要素を取り入れて、建築に新たな息吹を
多田裕之+secondbrain
長尾県道沿い、ことでん公文明駅のちょうど向かいにある白い二階建ての建物。外観には、「多田裕之+secondbrain」「ファイブ・ペニイズ」「多田畳本舗。」「cafe純喫茶style」とあります。ここはそれら4つの事業を展開する、株式会社セカンドブレインの事務所兼店舗。今回は、代表取締役でJIA登録建築家の多田裕之さんにお話を伺いました。
株式会社セカンドブレインは、「畳乃多田(現在:多田畳本舗)」として1910年に創業しました。初代の多田七五三八(しめはち)がつくる畳は、「七五三八畳」呼ばれ親しまれてきたそうです。その後、1989年に3代目がギャラリーやインテリアプランニングを行う「ファイブ・ペニイズ」を開業し、内装業から空間づくりにまで携わるようになりました。
多田さんが建築設計事務所を設立したのは、2002年。中学生の頃から何となく建築家という職業に憧れていた多田さんは、大学生2年生の時に丸亀市にある「猪熊弦一郎現代美術館」の建物に感銘を受けたことをきっかけに、本格的に建築にのめり込み始めたといいます。特に惹かれたのは、現代建築。高校卒業後、建築を学ぶため金沢の大学へ進学し、卒業後2年の修行期間を経て、一級建築士を取得し独立しました。
多田さんの建築人生に大きく影響しているのは、半年間の欧州放浪の旅。言語もわからず滞在先も決めていない状態で、本の情報だけを頼りに出発しました。日本からフェリーでロシアに渡り、シベリア鉄道に乗ってヨーロッパへ。「それぞれの土地の景色や空気感を肌で感じたい」とヨーロッパ内での移動も陸路を選んだそうです。半年間で訪れた国は22か国、主要な建物や地域は365か所。建造物や町の雰囲気はもちろん、滞在中のできごとすべてから多くのインスピレーションを得たといいます。例えば、プラハでは建造物そのものが物語のように展開するリズミカルな街並みが印象的だった。同じ建築家が設計した建物でも、都市によってまったく違うデザインを施しています。「見たもの感じたものすべてが印象的で、その光景や体験したことは、建築に対するスタイルの礎となっています」。
「たとえ築100年をこえる古民家にも現代的な要素を入れる」という多田さん。今回話を伺ったセカンドブレインが運営するファイブ・ペニイズも、多田さんが手掛けたリノベーション空間の一つで、2008年にはグッドデザイン賞を受賞しています。
店舗付き住宅として建てられた築40年の建物の2階部分を、ギャラリー及び喫茶店にリノベーション。空間全体を薄いベニヤ板で包み、真っ黒な壁にいくつもの四角い穴が開けられているのが大きな特徴です。もとからある古いサッシも風景として切り取ることで、古さを活かした現代的な空間になりました。また、デザイン的に柱を何本か足すことで、開放感を残しつつ空間の分断を行い、ギャラリーや喫茶店に滞在する人にとって居心地の良さを生み出しました。
建築家として、多田さんが長年力を入れている活動があります。それは、壊される寸前の空き家や倉庫など、誰にも評価されない街中に眠る建物にスポットを当て、建築の専門家の視点で評価し、価値を見出す「街角遺産」。年に一度開催される街角遺産展では、地域を決め、香川県建築士会のメンバーが見つけたその町の建物の写真をパネルに収め、推薦コメントを添えて街角遺産として展示します。「一般の人や持ち主にとって、建築士からのコメントが魅力を再発見するきっかけになれば嬉しいです」と多田さん。
街角遺産のきっかけは、ファイブ・ペニイズの窓から毎日何気なく見ていた倉庫でした。誰からも注目されることなく、ただ静かに佇んでいた建物。なんとなく眺めていたある日、「壊れかけの建物も、改めて建物の魅力と可能性を伝えることで、誰かがその建物に再び価値を感じるかもしれない」と思ったといいます。
地域の人たちにとって、見慣れてしまったことで魅力が埋もれてしまった建物。パネルにして展示することで、「こんなに魅力的に見えるんやね」と感心する人も多いといいます。
今後は、街角遺産として登録した建物に現代的な要素を入れることで、また社会の流れの中に戻してあげることができたらと話す多田さん。
建物の魅力を専門家の視点で掘り起こし、新しい要素を加えることで建物や思い出を残していく多田さんの活動は、現在の空き家増加問題にも大きな助けになるかもしれません。