file-37 Town development that connects to the future of utilize vacant houses空き家を活かした未来につなぐ町づくり
June 04, 2021
古街の家
地域活性を担った町家再生
宇多津町古街は、青ノ山の北東に広がる裾野の一角にある。四国八十八カ所霊場第七十八番札所「郷照寺」など、由緒ある神社仏閣や、江戸後期から昭和初期に建てられた町人が住む店舗併設住宅「町家」が今も多く残る場所だ。
町家は、玄関のある間口が狭くて奥行が深い。うなぎの寝床のような細長い造りになっていて、一見狭くて使いにくい敷地に思えるが、奥には庭があったり、住み心地を考えた工夫がされている。
「古街の家」があるのは、ノスタルジックな雰囲気の漂う古街の、ちょうど中心部にある。空き家になっていた二棟の町家を、宇多津町が購入し改修した一棟貸しの宿泊施設だ。この二棟は隣接しており、向かって南側の薄い緑色を帯びた洋館造りの家が『背山(せざん)』。北側の角地にある黒漆喰の家が『臨水(りんすい)』と、名付けられている。
左:背山 右:臨水
名前の由来は、後方が山に囲まれ前方には瀬戸内海が広がる宇多津町の地形から。風水の「背山臨水(はいざんりんすい)」という、住みやすく豊かな土地を表す言葉を引用したそうだ。
『背山』が建てられたのは、昭和五年。モダニズム建築のような装飾の少ないシンプルな外観だが、室内は床の間や欄間をあしらった和のしつらえがある。奥の二間はひと続きのリビングになっていて、廊下から一面ウォールナットのフローリングで統一。両側には広くて大きな窓ガラスを何枚もはめ込んでいるので、庭もリビングの一部のように感じる。北側の廊下にある引き戸は物置かと思いきや、開けると中に階段が。上がると二階は寝室になっていた。
一方の『臨水』は、入母屋造りと言われる屋根が特徴で、上部は切妻、下部は寄棟の2種類の屋根が組み合わさった構造になっている。町家では十字路の角地でないと造れない、伝統的な建築様式の一つだ。
統一感のある広々とした背山のリビング。
左:背山の寝室。襖にはアレックス・カー直筆の書
右:ウッドデッキにも出られる背山の浴室。
明治元年に建てられたという、黒漆喰の外壁に格子のアクセントが効いた外観は、いかにも町家らしいたたずまい。通りに面した北側と西側の二面に入り口があり、どちらから入っても広々とした土間で出会う。また、厨子(つし)二階建てという、一階よりも二階の天井高が低い、明治の後期頃まで一般的であった建築様式も特徴的だ。
どちらも、既存の部分を生かしたモダンでスタイリッシュなデザインに加え、使い勝手の良い生活空間を生み出している。
改修をプロデュースしたのは、古民家再生活動で著名なアレックス・カー。そして、古民家滞在施設の運営に実績がある『ちいおりアライアンス』が現在、管理・運営を担っている。その、ちいおりアライアンス宇多津事務所の村松享さんと玉井幸絵さんにお話を伺うことができた。
転機となったのは平成の大合併の際、宇多津町が合併をしない選択をした事だったという。
臨水の土間。手前にキッチンがあり、活用方法は色々
土間の天井の一部を吹き抜けにしている。天井の梁がよく見える
単独の自治体として基盤を固めていくためにも、地域資源を活かし発展していくことが課題になった。
『背山』と『臨水』は、古街のメインストリートである町役場と「こめっせ宇多津」の延長上にあり、この場所を放置することは、古街の景観を損ねると判断し購入することになったそうだ。
一棟貸しにした狙いは、ゆっくり滞在することで、古街の魅力を堪能してもらうこと。
「単なる宿泊施設としてだけでなく、古街の歴史や伝統建築を知ってもらい、地域の活性につながる場所になることを目的としています」と、二人は言う。
蓋を開ければ意外にも、高松・坂出・丸亀など県内からの宿泊客が多くあったそう。旅行というよりホームパーティーのように友達と集まったり、息子が孫を連れて帰省して来た際など、ホテルにはない一棟貸しという自由な活用方法に、ニーズが当てはまった形となったようだ。
今後も地域に根ざしたコミュニティの発信地として、こうして活用されていくことだろう。そして、町家や古民家に興味のある方や、移住を考えている方にとっても、直に街の雰囲気や空間を体験できる魅力ある場。古街の街角で、新しい出会いを楽しみにしている。
ー2021年6月