あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

Living in a home brings a renewed appreciation of its presence暮らすことで、 改めて深まる家の存在

October 20, 2025

日常をつくるstory 01

家のポテンシャルを活かす選択

商業施設や高層マンションが立ち並び、都市としての表情を見せる香川県・宇多津町。そんな現代的な風景の手前、さぬき浜街道から南へと抜ける道を進むと、昔ながらの集落にたどり着く。代替わりにともなって建て替えられた住宅が多い中、静かに佇む築110年の古民家、それがYさん一家の住まいだ。東京からのUターンを機に、実家横の祖父母の家をリノベーションした。
古民家の再生を手がけた松尾工務店の松尾正崇さんは、高校時代の同級生でもある。古民家や重要文化財の修復を数多く担う、伝統技術に精通する職人である松尾さんのさまざまな提案が今回のリノベーションにも活かされているとYさんは語る。

畳敷きの通り間を無垢の板張りに張り替えたキッチン。10年ほど前に趣味で始めた料理も、今ではかなりの腕前

かつては雨漏りもあり、解体の話まで持ち上がったあき家。しかし松尾さんは、この家が持つ可能性を丁寧に見極め、残すべき部分と手を入れるべき部分を限られた予算のなかで最良のかたちで提案してくれた。土佐漆喰で修復された壁は、新旧の境目を感じさせない自然な仕上がりに。木製建具もた、時を重ねた家の佇まいにしっくりと馴染んでいる。

ふと落ち着く和の空間

「この建物に特別な執着があったわけではないんです」とYさんは笑うが、建て替えるという考えは一度もなかったという。暮らしの中で大切にしていた台所とお風呂を離れから新たに設置し、それ以外の部屋については、なるべく手を加えず、祖父母の記憶を残すかたちで使い続けている。

左:Yさんの仕事場兼ダイニング。棚には高校時代から収集した洋楽のレコードが約2,000名収められている
右:仕事をしていると、窓越しに聞こえる井戸端会議。「こちらの声も筒抜けだけど」と笑う二人

 東京では洋間暮らしが日常だったが、心が落ち着くのはやはり「和」の空間だと感じるようになっていたYさん。リノベーションにあたってのリクエストは、当時の趣きを残すこと。例えば、畳敷きの通り間二部屋をキッチンに改装する際もその思いは貫かれていて、窓枠の修繕では、網戸に至るまで木製にこだわるなど、ディテールにも和の空気感を大切にしたと話す。
 東京出身の奥さまに、お気に入りの場所を尋ねると「この和室です。畳の上に大の字になってお昼寝をしていると、本当に気持ちいいんですよ。天井が高くて開放感があって。窓の隙間から聞こえる蝉の声や、通り抜ける風も気持ちよくて、密閉された今どきの家より、ずっと心地いいんです。冬は、ちょっと寒いですけどね」と笑顔で話してくれた。「この家に住むのなら、香川に来てもいいかなと主人に言ったんです。もし普通のマンションだったら、きっと来ていなかったかもしれません」と、ふとこぼれるような言葉も。かつて祖父母が暮らした家に、新たな家族を迎え、また新たな時間が静かに刻まれ始めている。

上:和室はほとんど手を加えず昔のままの設え
下:壁、レンジフードを全てステンレス製に特注したキッチンは、プロ仕様のガス台とガスオーブン、それに大人二人が並んでも余裕のシンクが並ぶ

 

左:かつて酒屋業を営んでいた町屋。くぐり戸と出格子が、往時の街道沿いの風情を呼び覚ます
右:東京での暮らしで親しんだ温令交代浴のために設えた、サワラ材の水風呂用風呂桶

松尾工務店 HP

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