あき家(空き家)とリノベ ときどきリフォーム

文学不動産

file01 Gentle House懐深き家

August 19, 2019

設計 大野 晃貴彦(室内楽)

 施工 有限会社吉建

新しいものを受け入れ
なお輝き続ける日本建築の粋

香川県高松市郊外の田園風景の中、空に溶け込みそうな青い大屋根。築150年を超える家屋は、所謂「古民家」という印象とは少し違う。トタンの中は当時の茅葺のままだが、白い土壁と古い建具、古材とガラス、ウッドデッキと日本庭園など、組み合わせの妙を感じる。明治元年に建てられた母屋と、昭和40年代に増築した離れを渡り廊下が繋ぐ奥ゆきのある造りで、中庭には樹々がそよぎ、季節の花が咲く。
 一人娘としてこの家で18年間を過ごした奥様は、現在ご主人と大阪で暮らし、定年退職を機に空き家になっていた生家の行く末を考えるようになったという。「雨漏りもしていたし、昔の家だからとにかく寒かったけど、40年以上離れていても、いつも心の支え

でした」と奥様。生まれ育った場所にはかけがえのない思い出がある。

 管理も含めリノベーションを依頼できる建築家をインターネットで探し、帰郷に合わせて大野晃貴彦さんの事務所を訪れた。

「室内楽」を主宰する大野さんは、四国の木材や瓦、漆喰など自然素材を使い、気候風土に合った家を数多く手掛ける。古民家鑑定士でもあり早速Y邸を訪れた時、大屋根の内部に長さ11メートルほどの見事な梁を発見し、リノベーションの構想が閃いた。「これだけの木材を扱うのは大変な仕事。この梁を見ながら暮らせば、家族が家の歴史を感じながら暮らせるだろう」。まずは小さく仕切られていた間取りを拡げ、天井も上げて広々としたリビングを確保。「現し(あらわし)※」にした梁が見えるよう、玄関やキッチンを配置した。また断熱材と床暖房で寒さを解消し、欄間や趣のある建具はそのまま生かした。

「文化と文明をミックスさせるといいバランスになる」と大野さん。玄関から続く土間にはアンティークのテーブルを、リビング中央にはデザイン性の高いソファを置き、キッチンは敢えて無機質なステンレスに。ガラス照明の煌きが空間に華やぎを与え、古材の風合いをいっそう引き立てる。

「日当たりがよくなったし、床暖房で冬も過ごしやすくなりました。今はセカンドハウスとして使っていますが、娘や孫たちもよく遊びに来るようになって、それが何よりうれしい」と奥様。料理好きのご主人はキッチンがお気に入りで、来客に手料理をふるまう時間を楽しみにしている。ご夫妻ともに教員だったことから「教え子や友人がご飯を食べに来てくれたりするのも嬉しいね」「そうそう、みんな家に入ると、うわぁって驚くんです。理由はわからないけど、この家は何だかほっこりするんです」と生まれ変わった家が運んでくれた新たな時間を、心から楽しんでいる。
ー2019年2月取材

※木造建築で、柱や梁など(構造材)を見せる状態で仕上げる手法のこと

茅葺の屋根や土壁、装飾的なすりガラス。今ではあまり見かけなくなった昭和初期の佇まいを残すY邸。かつて庄屋だったというその家は、堂々とした家構えと庭園を擁する昔ながらの日本家屋だ。床下の束石と柱で家を支え、大屋根から延びた庇が屋内に陰影を与え、欄間や趣のある建具で「間」をやわらかく仕切る。家具や調度品などあるものを生かしながら、耐震性や機能面を補強し、現代のライフスタイルに合うようにリノベーションを施せば、この家は独特の空気感を纏うだろう。電化製品や断熱材など文明の利器は使っても主役はあくまで古いもの。リノベーションを手掛けた建築家、大野晃貴彦氏は言う。「風が通り光が入り、そして人が暮らすことで家は甦る」。Y邸は新しい時を刻み始めた。

ゲストと話が弾むキッチンのメタリックな質感が空間を引き締める

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